中学高校の6年間を片道約40分+大学4年間を片道1時間半×10年
この時間が結局学校教育よりも身についた。
小学生の時は中学から新しい自分になると意気込んで、高校の時は大学になったら、と夢を持っていて、大学の時は社会にでたらその先ずっと社会にいるんだろうか、いれるんだろうか、それとも全く社会と関係したいと思わなくなるのか、まるで想像もつかなかった。
私は自分をねじ曲げてまで社会に収まる事にしたタイプなので、結局折れてしまった人間。
それは情けない事でもあるし、反面、自信でもあるし、自分で決めたこと。でも、揺らぐ。
それは情けない事でもあるし、反面、自信でもあるし、自分で決めたこと。でも、揺らぐ。
核家族の狭い世界で幼少期を過ごし、私立の中学高校で教育されて、同じような人たちが集まる中で友情を築いて、同じ志を持った人がいる大学に身を置いて、いつだって結局自分に与えられた、自分が安全でいれる範囲でしか世界を持っていなかった。
それは幸せな事でもあるし、誇りでもあるけど、狭すぎる。
全然違う人のいる所へ、同じ事をしていない人のいる所も知りたい。
全然違う人のいる所へ、同じ事をしていない人のいる所も知りたい。
本の中で知る人の複雑さも、世界の猥雑さも不条理も、それを知るために自分から枠を広げる事も、全て本から受け取った。
この通学時間の中で、優先席でぼろぼろ泣きながら思った事とか書いたメモとか、全部もう忘れてしまったけど、その時、この席で泣いてたなあと今でもふと思う。覚えている。
影響されて消えていったものもあるし、反発して残ったものもあるし、自分の中で淘汰されたものも、私の一部だった。不完全である事に気づいている。なくしたものを知っている。
真実を探して現実から逃げていると、自分を見失う。絶望をおそれると希望を見失う。
自分で考えて決めて、それに心を尽くすしかない、いつだって。
人生で私ができる事は結局いつだってそれしかない。
教わることより、考えることですね。 いい学校に通ってたなと思いました。